きみの傘になりたい
ここ数日、じゅり担とずっとスクラムを組んでいたい気分だ。
約四年半、週一で深夜の一時間半を私たちに預けてくれていたじゅり。それが二ヶ月間もなくなるなんて想像もつかない。もちろん、ジェシーがMCを務めるのも、次のパーソナリティーが誰になるのかも楽しみだけど、やっぱりラジオは毎週じゅりの生の声を聞ける、いわば私の居場所のようなものだったから、どうしたって寂しい気持ちは生まれてしまう。じゅりと会える土曜を支えにして一週間頑張れて、声を聞いて顔を想像して心救われるためにいるオタクなので。はしゃぎたい夜も、どうしたって心細い夜もじゅりが楽しそうに話しているのを聞くと私もとても嬉しくなった。そしてじゅりの使う言葉の柔らかさや心遣いに泣きそうになったりもする。そんな、とても特別な一時間半なのだ。
じゅりはすぐ戻ってくると言ってくれていたけど、きっと私にとってそれはすごく長い二ヶ月間になるだろうと思う。
そんな寂しさをじゅり担が抱いてあるであろう中で、なんとまあ嫌な感じに推しが炎上した。
私は基本このオタクアカウントではいい感じにTLを精査できているしおすすめ欄もどちらかというと快適に使えている。だからじゅりが出ている番組の一企画でじゅりが燃やされているってちゃんと知ったのは多分日曜日とかだったと思う。
番組放送前の事前動画でじゅりが言っていた言葉から大体展開は察することができた。放送はリアタイしていたが、私がじゅりのオタクだからということもあって、特段じゅりがめちゃくちゃ悪いようには見えなかったのだ。だから正直びっくりした。
あの企画でじゅりだけがあんなに批判されることって、番組側はきっと想像していなかっただろう。私だって、多少の炎上は覚悟していたけど、その燃え広がり方も、批判のされ方も、私はいまだに納得がいっていない。芸能人が何かしら批判される時って、それが真っ当である時もある。それはその人自身が何かしらの罪を犯したり、誰かにとっての加害者になった時だ。まあ私はその場合ですら当人たちの問題だから批判する必要はないと思っているけど、今回はそれを引き合いに出させてもらう。
そういうものと比べて今回炎上した動画の中で、じゅりは一つだって誰かに加害したわけではない。あくまでじゅり自身が挨拶を返さなかった、というだけだ(というか私は、他の人が拾わないことが多かったADさんが落とした紙を拾っていたりして、そういうところがじゅりの優しさなんだ、と好意的に捉えていた)。それなのに、批判的な意見には動画の内容プラスじゅりの容姿や体にまつわること、家族のこと、じゅりのパーソナルな部分のことを否定する人が本当に本当に多かった。何を目の敵にしてそんなに批判しているのかよくわからない。どう考えたって理不尽だった。
無断転載されてる動画の一部分だけ見てる人たちにじゅりの人生の消費をされる筋合いはない、と思った。私はじゅりを筆頭に、私たちに素晴らしいエンタメを提供してくれる彼らのことが好きで、お金を払っている。そしてそれと共に、何かしらで傷つく覚悟で彼らのことを推している。でもそれは彼らから傷つけられることの覚悟であって、決して誰かが私の好きな人たちに暴言を吐くことの耐性をつけてるわけじゃない。
私は私の好きな人たちが強い言葉で傷つけられている時、本当に真剣に彼らに「死なないで」と思っている。そんな簡単に死ぬわけない、と思う私と、そんなことはないんだよ、と思っている私がいて、だから私はそう祈ることしかできない。大袈裟なことを言っていると思うかもしれないけれど、批判している人たちが彼らのことをそうさせてしまう可能性があるということは事実としてある。
私は、ももクロが幼少期から大好きだった。6年前、グループからメンバーが一人脱退した。そのメンバーがグループを抜ける発表をした時に他の4人のメンバーからいじめられていたという憶測が広がって、それを助長する1:4の構図になっている写真を貼りつけた1分程度の動画の存在にめちゃくちゃ苦しめられたことをこの件で思い出していた。私が見つめてきた5人の9年間と少しをほんの少し切り取った動画が簡単に塗り替えてしまって、そして外野はそれしか見ないから、私がもしSNSのどこかで「いじめなんて絶対ありませんでしたよ」と書いても、「ファンなのに何も知らないんですね」って言われるんだよ(実際言われたことがある)。今SNSの中で、切り抜きってそれくらい影響力があって恐ろしいものになってる。だからオタクはこれから今回の件の怖さをもっと実感することになるかもしれない。
私はじゅりちゃんのことを大好きだしこれからもずっと好きだけど、私が今までじゅりのことを見つめ続けてきた時間が、いつか外野から無かったものにされちゃうんじゃないかって、本当に怖い。
私にできることはじゅりのことが大好きだって、じゅりにも、じゅりのことを知らない人にも伝えることだな、と思う。どうかアイドル人生が終わるその時までじゅりにアイドル田中樹を愛していてほしい。
今回の件でじゅりのことを守る力が本当にないことを実感したというか、いくら守ろうとしたところでそれを潰したい人たちはいくらだって出てくるしそんな人に使う時間も心も勿体ない。私は、じゅりが求めたその瞬間にじゅりの鎧になれる人でありたいのだ。私は田中樹というアイドルの、常に鎧を纏っているところがいっとう好きだ。でもその鎧を纏うことに疲れを感じる瞬間もあるかもしれない。そんな時じゅりが自分自身の鎧を脱いで、別の鎧を与えることができるような存在でいたい、と思ってしまったのだ。そしてそれが何かと考えた時に、それは傘だと思った。
何を言っているのか自分でもいまいちわからないけど、でもとにかく私はあなたの、じゅりの、傘になりたい。あなたが望んだ時に開いてほしい。石つぶてくらいからなら守れると思う。私はいつだってじゅりのことを想っているし、そばにいるし、立ち向かう覚悟だってある。
じゅりの優しさをどうかじゅり自身にも向けて、頼ったり安らかに過ごせたりする場所がたくさんありますように。と本当に深く、心の底から祈っている。
「どれだけ祈りが不甲斐ないとしてもせめて言葉と想いは使い果たしてゆくよ」なのです。